2014年7月7日月曜日

涙サプライズ。バイク肉バイク

5/12に「肉離れ」になってから、はや2ヶ月弱が経過。
松葉杖も必要なくなり、それなりに歩ける様になったし
後援会(?)からのリクエストもあって、そろそろバイクに
乗ろうかなぁ~と思い立ち。出動!

久しぶりに秘密基地に行きました。そおいえば基地代を
払ってませんでした。10,800円/月です。
3ヶ月分の32,400円払ったのですが、まったく動かしてなくて
この金額(凹)。単なる保管費ですわ・・・。


1号線から西湘バイパスを走ってターンパイクへ行くゾー。
今日は久しぶりのバイクなのでアクセル全開(?)やぁ。
「バイクだけに~、ブンブン」。
バイク川崎バイク
でもでも、秘密基地を出発して1号線を走っている時に
なんか右足(「肉離れ」とは違う方)が攣る様な感じが。。。

運動不足やし、これまで左足をかばって歩いてたから
攣りそうなんや。と思いながら、信号で止まった時に
左足(「肉離れ」の方)で立った時に事件が!!

「うっ。ヤバイ。左足が変な感じや・・・」と思った瞬間、
痛っ。痛っ。痛っ。痛っ。痛っ。

そのままバイクが傾きだして、更に左足にバイクの重みが。
『ビ~ン』。この前の茅ヶ崎駅の時と同じやん。
このまま、踏ん張ったらキケンや。ピ~ンチ&ピ~ンチ。。。
もうアカン、バイクは倒れてもエエわ、諦めよう。。。(涙)

これが一瞬の出来事でした。

そして信号待ちの道端で「立ちコケ」(というか諦めコケ)しました。

バイクを立てる事よりも、足がぁ~。イタイ・イタイ・イタイ。
倒れたままのバイクを呆然と見ていると、歩いてる人が
駆け寄ってきれくれてバイクを起こすのを手伝ってくれました
(というか90%は、その人のパワーで立ててもらいました)

お礼を言って歩道で大休止。

よくよくCBRを見ると、いつもの様にクラッチレバーが折れている
事はなく(ラッキー)。しかし、倒れた方にガードレールがあって、
そこにカウルを当てながら倒れ込んだ為にいっちゃいました(涙・涙・涙)
真っ正面の風防の透明なところにもヒビが入っちゃった。


こんな感じのガードレール
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あまりのショックと足の痛さの為にバイクの写真を撮る事も
すっかり忘れて座り込んでました。


バイクと肉離れなんで、「バイク肉バイク」。
「バイク肉バイク」って事で『BNB。ヒィ~ア。』 Byバイク川崎バイク。

ちなみに足の方はCBRを見捨てたお陰で大事にはならず
若干の痛みが残っていますが、なんとか大丈夫でした。
でも、心が折れてしまったので早々に帰還。

「秘密基地まで安全運転で帰りました。」
「バイクだけに~ブンブン」

 
 バイク川崎バイクの事を知らない人は、このYouTubeを見るべし。
https://www.youtube.com/watch?v=-_P8qV_w2lA


バイクだけに~ブンブン。
涙だけに~ポロポロ。

しかし何時になったら、まともにバイクに乗れるんやろ?

2014年7月4日金曜日

【むかし話】ギザギザハートのきんだい子守唄6

MVX250Fを購入したので、それまで乗っていたCB250RS-Zは
写真部の同期である姫路出身のFクンに売却しました。
私のバイクはCB50(現・ブラジル在住)に続き写真部の同期を
巡るのでした。 ♪め~ぐる~め~ぐる~季節の中で~♪

Fクンというと未成年の犯罪者みたいなので「姫路クン」という事で。

姫路クンは、中型二輪免許を取得したばかりの初心者です。
バイクは実家で原チャリに乗ってたくらいやったと思います。
でもでも、姫路クンは雑誌や本を読みまくる「理論派」でして
バイクの事は詳しい人です。
私やCB250RSは、どちらかというと『習うより慣れろ』という
「行動派」でして我々2人の『ピキピキ』は有名でした。




おいおい、『ピキピキ』ってなんやねん~。という突っ込みが
入ると思いますので『ピキピキ』について簡単に解説。

人には、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)があります、
それ以外の直感を第六感と言いますよね。
バイクの運転に関しての第六感の事を我々は勝手に
『ピキピキ』と呼んでいました。
って事で私とCB250RSの2台の『ピキピキ』は抜群でした(自慢)

まぁ、そんな話はどうでもエエんすけど、姫路クンには『ピキピキ』は、
まだまだの初心者。という事だけを紹介したかったのです。


さて、本題です。

時期は3年生も終わり就職戦線が始まるであろう4年生に
なる直前の3月です。
あっ、私は留年してたので2回目の2年生が終わる頃ですな。

我々、写真部の行事である「春合宿」があります。
これまでは、先輩が在籍していたのですが1コ上の先輩も卒業
で写真部では我々が最上級生です。よし!

写真部では8月に「夏合宿」、3月に「春合宿」がありまして
最上級生は合宿期間中の自由行動は勿論の事なんですが
集合方法も団体行動する事もなく自由です。
(1年の夏~3年の夏までは団体行動が必須なんすワ)

今回の「春合宿」の行き先は、山口県の『萩・津和野』です。
僕達の同期も入学当時の15名くらい居ましたが理不尽な厳しさ
(写真部なのに毎日、部室に集合→UNOして掃除するだけ。時々、現像)
の為に、その頃には7名に減っていました。

本当に写真が好きなヤツと私みたいにヒマなヤツが残った。
その中でバイクで春合宿に参加を表明しているのは3名です。

エントリー№1:MVX250F(私です)
エントリー№2:CB250RS(チャリダー)
エントリー№3:CB250RS-Z(姫路クン)

他の同期と後輩達は、神戸(糸崎)から北九州(小倉)までは
フェリーで移動して、そこから国鉄で萩に移動するパターンです。
15時頃に出航して翌日の朝に小倉に到着して、そこから汽車で
移動して宿に入るのは昼頃の予定です。
そこから3泊4日の合宿です。俺たちの天下やぁ~。

バイク組みはというと、みんながフェリーに乗る日の朝に大阪を
出発して、R2をひたすら走って適当にドライブインで休憩して
約500Kmを一気走りして翌朝の昼頃に宿に到着する計画です。
(相変わらず、無茶な計画ですよね)

合宿終了後には九周一周して大阪に戻る計画です。
以下のスケジュール(汚い字)は先日、大阪の実家に戻った時に
発見したものです。ホンマに私の物持ちの良さは抜群ですねぇ。






































ここで事件が発生です。


事件は、会議室ではなく現場(大阪の中央大通り)で起きてました。

なんと、CB250RSが出発の2日前の夜に中央大通りを走行中に
事故ってしまい怪我(右足の甲の骨折→複雑骨折やったっけ?)を
して入院してしまったのでした。事故の経緯はWebで。って、どこの?

翌日、CB250RSが入院している病院(花園?)に大量のマンガを持って
(MVX250に積んで)見舞いに行きました。外科的な怪我なので元気
だと思ったのでマンガ(「ゴルゴ13」なんか4~50冊)を持参したら
CB250RSは大変、喜んでました。
















この入院中でCB250RSは『ゴルゴ通』になった模様。デュークRS。
射撃の腕は上がったのかどうか知りませんが「酒の腕」はさっぱりのまま。

しかし事故の内容を聞けば聞くほど面白いもので、さすがに将来、
SeaBreezeの「突一」になった暴れモンのCB250RSです。続きはWebで。


翌日から始まる「春合宿」なんですが当然の事ながら、CB250RSは
『欠席』となりました。
う~ん。姫路クンと2人かぁ。こりゃぁキツいなぁ。
私だけで初心者の「理論派」を連れて行くのは無理があるなぁ。。。
どうしてくれるねん。チャリダーじゃなくCB250RS。
君が居ないと困るねんけど(涙)


そして第2の事件が。発生するのです。

続く。

2014年7月1日火曜日

【むかし話】ギザギザハートのきんだい子守唄5

今日から富士山の山開きですね。
行かれる方は気を付けて(弾丸ツアーは禁止みたいでっせ)。


さて、むかし話に戻って。
MVX250Fを購入して直ぐの「紀伊半島一周」の話です。

まだまだ寒い3月上旬の早朝に堺を出発です。

R26で岬町から和歌山まで走り、そこからR42です。
R42は、海沿いの片側1車線が延々と続くので単調になってきます。

眠気を醒ます為にも若干のペースUP。
以下のトレーシングペーパに記載の「ズズーン」の場所でサイレンが。










ペースUPしたら当然、前を走ってる車に詰まります。
ほんなら自然と「ハミ禁」(黄色いセンターラインをはみ出す)をして
どんどん抜いてしまいます。
そんな私を、まさか白バイが追走していたなんて(*_*)

しっかりと違反キップを頂戴きました。
なんで、こんなとこに白バイが走ってるねん。不思議やなぁ・・・。
と思いながら、しょんぼりしてリメットを被ってグローブをしてると
白バイの隊員さんが、近寄ってきて。。。

この先はレーダーでスピード違反の取り締まりをしているから気をつけてね。
という優しい囁き。お陰様で「ハミ禁」&「スピード違反」のWパンチを
食う事なく、シングルパンチだけで走る事が出来ました。
ありがとう、白バイ隊員さん。って、「ハミ禁」では捕まってる訳でして・・・・。


殆ど休憩する事もなく本州最南端の「潮の岬」に到着しました。

ここは高校の時に学校をサボって日出の写真を撮りに行った場所です。
初めて泊まったユースホステルもここでした。
懐かしい響きですね。ユースも当時と比べて自由度がUPしてるみたいですね。
紀州本線(国鉄)を走る『くろしお号』で行ったと思います。

その後は、社会人になる前の3月に実施された「入社前研修」で3泊4日という
過酷な研修をやった場所です(これ自体は、MVX250Fで行った3年後の話です)
実際、4日間で合計5時間くらいしか寝てません(自発的じゃないヨ)。
 ※この手のブラック話は、「夢見るライダー」さんが得意(彼も経験者だよ)。


さて、話はソロツーリングに戻って。
「潮の岬灯台」に続く遊歩道みたいな感じの細い道をバイクで乗り入れて
写真をパチリ。
オムニのヘルメットや・・・

その後、松阪あたりからR165を通ってお馴染みの青山高原なんかにも
寄っていこうと考えていたのですが、「ハミ禁」のショックと寒さの為に
気力が削がれており、熊野あたりからショートカットする為にR169に
入って山の中へ。

これが大きな間違いでして・・・。

まだ3月です。R169を山の中へ。奥へ、奥へ。登る。登る。
段々、両サイドに残雪が。寒い。寒い。道に雪が・・・
というあたりで道が未舗装になり。おいおい少なくとも3桁国道やろ。
なんでダートやねん。道幅も車1台が交差するのも厳しい感じです。
こちとら2スト250ccのレーサーレプリカやで。














それでも、なんとか山を越えて、吉野に。吉野も十分に山の中やけど
なんか帰ってきたぁ~って感じです。ここからは、たいしたイベントも
なく普通に帰宅。距離にして500Km程度ですが、当時としては日帰りで
走るにはキツかった距離でメチャ疲れた記憶があります。
(白バイのショックもあったと思いますが)


では。

2014年6月28日土曜日

小田原。

今日は天気も良いので早朝からバイクで箱根に来て峠を
攻めた後に、のんびりと温泉に入っています。


な~んて、思っていると目が覚めました。
ここはどこ? 体が痛い。 リクライニングソファや。
回りを見るとリクライニングソファに沢山の人が寝てる。

目を閉じて冷静に思い出すと・・・・。

そうか、昨日は2人の酒豪と横浜で飲んで、1人帰った
あたりまでは覚えているが。もう1人と、もう1軒行って。。。

気付いたら駅のベンチやって、看板を見ると「小田原」
『ガ~ン』、またまた、やってもた。

戻る電車(東京行き)はなく、タクシーだと茅ヶ崎まで
1万5千円から2万円やしなぁ。
仕方が無い、常宿(?)の温泉施設(「万葉の湯」)に
行くか。って事で入ったんや。

という事で、のんびりと温泉に入ってきました。
「万葉の湯」を出ると雨が降ってるし。。。
小田原駅の立ち食いソバで「汁もん」を食って一息。

只今、東海道線で茅ヶ崎に戻っている真っ最中。
雨だし、バイクはお預け。GW前半に乗ってから
はや2ヶ月。放置バイクになってます。

今回がバイクの話はなく泥酔者の話でした。

バイクだけに、ブンブン。  Byバイク川崎バイク。


ウップ。吐くかも。。。大磯ロングビーチく。

2014年6月24日火曜日

【むかし話】ギザギザハートのきんだい子守唄4

我々の中で仲間が峠を走り始めた頃です。

この当時は、SeaBreezeの№3である、CBX400の◯川さんが
峠では1番、速かったと思います。街中での走りでは私とCB250RSの
ツートップがダントツでしたが(自慢)。

当時、CBX400は西宮に住んでいたので仲間に内緒で、よく
六甲山へ早朝トレーニングに行ってたそうです。
なので、 私もCB250RSもCBX400に六甲山を教えてもらったのです。

今も同じと思うのですが有料の表六甲も裏六甲も上り口のところに
料金ゲートがあったので、一般道の夙川から甲陽園の通って
六甲山に上ってサンライズドライブウェイ(多分)から表六甲を下って、
表六甲の料金所のところでUターンして再び上に。これなら無料!

それと気分によっては裏六甲にも行きましたが、裏六甲も同様に
料金所のところでUターンです。
なんせ学生ですので無料が1番です。

CBX400は、ノーマルだったのでバンクさせ過ぎるとステップをガリガリ
と擦ってしまうのです。CBX400のステップは可変なので◯川さんは
コーナーではIN側のステップを立てた状態で走ります。
この時は正直、「すげぇ」と思っていました。


ここで面白い話を1つ。青山高原に走りに行った時の話です。
この時、私は参加していなかったのですがメンバーは4名。
  №2のCB250RS、
  №3のCBX400、
  №4(カメ)のGSX250E、
  №7(初登場)のCBX400インテグラ

当時はCB250RSは、まだまだ大人しくしていて、№3・CBX400が
優位を保っていました。青山高原まで走って頂上の方で休憩して
「さて、帰るか」となった時に、ダウンヒルで事件が。

順番は、CBX400→GSX250E→CB250RS→CBX400インテグラです。
先頭のCBX400は、いつも通りにIN側のステップを立てたまま凄い
スピードでバイクをバンクさせて走っていたそうです。

当時はバンクさせればさせる程、高速でコーナーをクリアできる。
と考えていました。普通に考えれば限界はあるねんけどネ。


ちなみに№4のカメさんは、典型的な「子分気質」で親分役のCBX400
の後を「金魚のフン」みたいに付いていくタイプです。
私の会社にも「子分気質」の人が大阪・本町に居ますが・・・。
カメさんは免許取得は勿論、バイク購入もCBX400さんの後を常に
追いかけています。

当然、バイクで走る時も同じで「親分」のCBX400が行くところならば
必ず、「子分」のGSX250Eはついていきます。


話は戻って、青山高原のダウンヒルです。青山高原の最終コーナー
(コーナーを抜けると直ぐに一時停止がありR165に突き当たります)
に突入する時です。CBX400はガリガリしながら右コーナーをクリア。
その後に続くのは、GSX250Eです。同じスピードで突っ込みます。
№4のGSX250Eの、『クソ度胸』はピカイチです。

事件は赤丸のところで発生しました。

ここで残念なお知らせです。
GSX250Eのステップは固定式です。CBX400の様に可変ではないのです。
昔のバイクはステップ固定式のものが多かったです。

さて、青山高原の最終コーナーをCBX400を同じスピードで突っ込んで
ウルトラバンク~。前を走るCBX400はステップを立ててクリアしますが、
GSX250Eステップは固定です。ガリガリ~クリア。とはいかずにガリ。
ガ~ン。グル~ン。グル~ン。グル~ン。ド~ン。

何が起こったかというと、御想像の通りGSX250Eはバンクさせ過ぎて
固定ステップが起点となり『コマ』の様にグル~ン。と大回転~~~。











カメさんは、バイクごと飛ばされました。どーかーん。

私は実際、見てないので、いまいち臨場感のある話が出来ませんが
№4のGSC250Eの『クソ度胸』による『コマ』事件としてSeaBreezeでは
後々まで語り継がれるのでした。

なんせ当時の赤いCB400は速かったです。ホンマに凄かったでぇ。
しかし、1年もしないうちのに私とCB250RSに肉薄されて簡単に
追い抜かれたのです。ちゃんちゃん。残念!

だからかどうか知りませんがCBX400は、こっそり「限定解除」を受験して
何回目かに合格してCBX400からGS650Gに乗り換えたのでした。
まぁ、大排気量に逃げたんすわ(笑)

大排気量になった№3は、どっしりかまえた大人走りになってしまい
街中での無茶走りや中低速の峠ではCBX400時代よりも遅くなり・・・。
全然、脅威を感じる事なく、平凡な№3となったのでした。残念!

後日、GS650Gは同じく青山高原で豪快にやっちゃいました。
(SeaBreeze編の最終回の「おまけ」の大空へのジャンプを参照)

それでも№3さんは、SeaBreezeでは3番目の速さでしたヨ。
フォロー・フォロー・フォロー。フォローになってるかな。


しかし、早くリターンしてくれへんかな・・・・。

2014年6月19日木曜日

【むかし話】ギザギザハートのきんだい子守唄3

峠での走りにも目覚めてきた頃です。
そろそろCB250RS-Zから、もう少しパワーのあるバイクが
欲しくなってきました。

古くから連載している「750ライダー」は勿論の事ですが
「あいつとララバイ」とか「ふたり鷹」なんてマンガがガンガン
やってます。この時点では「バリバリ伝説」は連載開始して
いませんでした。

そしてジャンプかプレイボーイかで連載が開始されたマンガ
「街道レーサーGO」で主人公が乗ってるYAMAHA RZ350
が750ccのバイクを餌食にしてガンガン走っていてエエなぁ。
と思っていました。私はHONDA派なんですがHONDAには
中型の2ストが無かったと思います。

そんな時です。私の好きなHONDAから2スト250ccのレーサー
レプリカのMVX250Fが発売されるという記事を見ました。
「これや!」って事で即・購入決定!

当時、OPENしたての「RSタイチ」の阪名道路(上り)の店に
注文しに行きました。この店舗って本店なんですね。
私は、「赤黒」のカラーリングがシブいと思っており、これを注文
する予定です。
「トリコロール」

「赤黒」

「青白」

注文当日、CB250RSと一緒にRSタイチに行ったのですが、入り口で
小学生が、展示してあるMVX250Fを見て、このバイクのカラーリングは
やっぱし、この色(「トリコロール」)が格好エエなぁ。
「そうや。そうや」という声が聞こえてくるじゃないですか。

直感。というか若い感性に刺激されて、注文の5分前にカラーリングを
「赤黒」から「トリコロール」に変更しちゃいました。
CB250RSは、「小学生の意見でカラーリングを変えるなんて・・・」
と、注文している私の横で呆れてます。


そして暫くした1983年2月28日にMVX250Fが納車となりました。
(先日、実家で発見したノートに記載してあったので納車日が特定)

納車日はCB250RSに2ケツして「RSタイチ」に行きました。
一通りの説明を受けて出発。直ぐに阪名道路を上ってひとっ走りです。
たしか、この頃には阪名道路も無料になっていたので奈良方面まで
走った様な気がします。

初めて乗る2ストのエンジンは、そりゃぁ扱いにくくて。。。
まずはクラッチを上手くミートさせないと発進が遅い遅い。
CB250RS-Zなんか適当にクラッチをつないだらトルクがあるから
ぐい~ん。と発進します。でもMVX250Fはタイミングが大事です。

それ以上にビックリだったのはエンジンブレーキという概念が存在
しない事です。2ストだから当たり前なんですが、コーナーに突っ込む
時には、思いっきりブレーキをかけてスピードを緩めないと恐いです。
そうすると立ち上がりが全然プーで。
ちゃんとギアを落としながら回転数を上げて立ち上がりに備えないと
駄目です。こんなん2ストに乗るのなら当たり前田のクラッカーな話
なんですが当時は2スト初心者なので全然駄目でした。

しかし納車当日の話とはいえ、こんなに乗りにくいと思ったバイクの
MVX250Fで峠を走り回って、更に沖縄を除く日本国内をツーリングで
走る事になるなんて予想もしませんでした。
北海道一周には2回行ってるし。社会人になってからの2泊3日の
弾丸ツーリングもしてるし。

しかし、初めての2ストには驚かされっぱなしでした。


では。

2014年6月12日木曜日

【むかし話】ギザギザハートのきんだい子守唄2

写真部の同期の中でバイクが流行りだしました。
というか世間がバイクに注目です。そう『バイクブーム』到来です。

バリ伝もエエ感じで連載!

子守唄の方はノーヘル。


「SeaBreeze」の№3の〇川クンも赤のCBX400を購入しました。
同時にCBX400の相棒カメさん(典型的な子分気質な)も親分の
CBX400を見習って、バイク(GSX250)を購入。
他にもCBX400インテグラを買ったヤツとか。
 
№3のCBX400

№4(カメさん)のGSX250

そして遂にR&Pも中型免許を取得して中型バイクを購入。
車種は、CB250RS(私のCB250RS-Zのセル無しタイプ)です。

元チャリダー(R&P)から出世したCB250RS


これで、原付の「R&P」から中型の「CB250RS」にレベルUP。
こいつのレベルUPのスピードはハンパない。

やったなチャリダー。やったなR&P。頑張れR&P。変な形のバイクR&P。
頑張れCB250RS。事故るなよCB250RS。パクられるなCB250RS。
「突一」は、まだまだ遠いぞCB250RS。でもチャリダーの方が語呂がエエ。

この頃から2台のCB250RS(私はセル付の「-Z」)は単気筒のトルクと
250ccの身軽さを全面に出して市街地の道路を右へ左へ、
車の間をすり抜けて走り回っていました。
峠ではまだまだですが、街乗りなら、それなりに無敵でした。
プレスライダー(今で言うところのバイク便やね)を見つけたら
追いかけ回して(勝手に)勝負して遊んでました。


勿論、そんな走りしている訳ですから事故らないハズもなく。
「SeaBreeze」編を御覧になられた方には十分、理解して頂けてるかと
思いますが、よく転び・よく事故り・よく車に当たり・そしてよく捕まりました。

ある日、堺の自宅から堂島にあるバイト先に向かっている時にR26を
北上して、難波から四つ橋筋になったあたりで路肩走行(高速で走行)を
している時に前を走っていた乗用車が突然、ウィンカーも出さずに左折。
急ブレーキ。後輪がロック。自然とリヤタイヤがスライド。
やべぇ。そのまま乗用車の横っ腹(助手席側)に激突~っ。

と思ったら咄嗟に右足が出ており乗用車の横っ腹(助手席側)に
ケリを入れて車とバイクは激突する事もなく停車。奇跡!
(後にグンが「ガードレール・キック・ターン」として多用。ウソ。)

直ぐに大きな声で、「ア◯んだら~っ」と言うと運転していた
真面目そうなオジサン(後部座席には子供)がきょとんとしています。
(多分、助手席には誰も乗ってなかったと思うが)

こっちには被害が無いけど、車はドアがペコ~ンと凹んでるし。。。
面倒はゴメンだったしバイトもあったので、速攻で走り去りました。
(逃げるが勝ち)。警察ざたになっても、こっちの勝ちやねんけどね。
これは許容範囲かな・・・。時効。


-----<ちょっと横道>------------------------------------------------------
ここで出てくるバイトは我が写真部の先輩から代々、引き継がれる
バイトで御中元とお歳暮シーズンだけなのですが結構、エエ感じ
のバイトです。有名飲料メーカーの大阪本社直属のバイトです。

この会社のエライ人が取引先に送る御中元・お歳暮の品を包装
するのです。送る商品は当然、自社のウィスキーがメインです。
バブル前の頃ですが1シーズン(1ヶ月程)にバイト(5~6人)で
終日、のしを貼ってから包装をするのです。
だから、ドえらい量です。流石、有名飲料メーカーです。
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例のCB250RS(チャリダーね)も、このバイトに向かう途中で
中央大通り(大阪)で、いつもの様に走行車線と追い越し車線の間や
路肩走行を高速で走行してて渋滞(走っている側の車は停車)している
交差点で対向車線から右折してきた車と衝突。ド~ン。
   典型的なパターンやね。

相手の車は、有名な会社の社長さんか会長さんでした。
結局、修理代から何から全てを出してもらい、CB250RSが以前よりも
綺麗になってました。不思議? エエぞチャリダー。
当時、我々はCB250RSの事を「当たり屋」と呼んでました(笑)


続く。